デパ地下のローストビーフを切ると、中心はきれいなロゼ色。おいしそうだと思う一方で、「これって結局、生の肉を食べているのでは?」という引っかかりが残る人は多いはずです。ホームパーティーで出すときに、子どもや年配の家族に取り分けていいのか迷った経験がある人もいるでしょう。
結論から言うと、ローストビーフは生ではありません。市販されているローストビーフは、食品衛生法の規格基準で「特定加熱食肉製品」に分類され、中心部を55℃で97分、60℃で12分、あるいは63℃で瞬時に加熱するか、それと同等以上の殺菌を行うことが定められています。つまり、あの赤い断面は「火が通っていない色」ではなく、「低い温度でしっかり時間をかけて加熱した結果の色」なのです。
ただし、話はそこで終わりません。同じ見た目でも、家庭で作ったローストビーフや、中心温度を測らずに作られたものは、まったく別のリスクを抱えます。2022年には、ローストビーフとレアステーキを原因とする腸管出血性大腸菌O157の食中毒が実際に起きています。この記事では、「なぜ赤いのに生ではないのか」を色素の仕組みから、国が決めた加熱ルールの数字、家庭で再現するときの落とし穴、そして立場別の付き合い方まで、公的資料の数値をもとに整理します。
・市販のローストビーフは「特定加熱食肉製品」で、中心部55℃97分・60℃12分・63℃瞬時などの加熱が義務づけられている
・断面の赤はミオグロビンという色素の色で、血液そのものではない
・家庭の低温調理は湯温と中心温度が一致せず、狙った条件を外しやすい
・妊娠中・小さな子ども・高齢者は、中心部までしっかり加熱したものを選ぶ考え方が公的機関で示されている
ローストビーフは生ではない|赤い断面の正体は「加熱済みの色」

断面の赤は血ではなく、ミオグロビンという色素の色
ローストビーフの断面の赤は、血が残っているからではありません。肉の色を決めているのはミオグロビン(Mb)という筋肉色素で、日本食肉科学技術研究会の解説によれば、153個のアミノ酸からなるグロビンというタンパク質1分子と、色調を発現させるヘム1分子で構成されています。血液の赤を担うヘモグロビンとは別のタンパク質で、と畜後の放血を経た精肉に残っているのは、基本的にこのミオグロビンのほうです。
ミオグロビンは状態によって色を変えます。切りたての深いところは紫赤色のデオキシMb、空気に触れて酸素と結びつくと鮮赤色のオキシMb、時間が経って酸化が進むと褐色のメトMbになります。スーパーのパックで、表面は鮮やかな赤なのに重なった裏側だけ暗い色をしていることがありますが、あれは傷んだのではなく酸素の当たり方の差です。
そして加熱すると、色調は赤色から褐色に急速に変化します。同研究会は、Mbのグロビン部の熱変性によってヘム鉄が2価から3価に容易に酸化されることが原因だと説明しています。ここで大事なのは、色の変化を引き起こすのは主に「高い温度」だという点です。低い温度で長く加熱すれば、殺菌に必要な条件を満たしながら赤い色を残すことができます。ローストビーフの赤は、加熱していない証拠ではなく、加熱の「やり方」の結果なのです。
ちなみにミオグロビンの含有量は、畜種をはじめ、年齢、性別、筋肉部位、運動量によって異なります。同じ牛でもよく動く部位ほど色が濃くなるため、「色が濃い=生っぽい」と読み替えるのは誤りです。
市販のローストビーフは、法律で加熱条件が決まっている
スーパーや百貨店で売られているローストビーフは、事業者の裁量で焼き加減を決めているわけではありません。食品衛生法に基づく「食品、添加物等の規格基準」で、食肉製品は乾燥食肉製品・非加熱食肉製品・特定加熱食肉製品・加熱食肉製品の4つに分けられ、ローストビーフは通常「特定加熱食肉製品」に該当します。
特定加熱食肉製品の定義は、その中心部の温度を63℃で30分間加熱する方法、またはこれと同等以上の効力を有する方法「以外」の方法で加熱殺菌を行った食肉製品です。回りくどい言い方ですが、要するに「ハムやソーセージと同じ63℃30分では作れないけれど、別ルートで同等の殺菌をしたもの」という枠組みです。厚生労働省の資料では、その条件が中心部55℃で97分、60℃で12分、ないし63℃で瞬時、または同等以上の殺菌と示されています。
つまり市販品は、中心部の温度と時間の組み合わせが記録され、成分規格の検査を受けたうえで店頭に並んでいます。「生の牛肉ブロックをちょっと炙っただけ」とは工程がまったく違うわけです。
知っておくと得なのは、この分類が包装の表示に出てくることです。食品表示基準では、食品衛生法上の食肉製品について「特定加熱食肉製品である旨」などの表示義務が課されています。裏面のラベルに「特定加熱食肉製品」と書いてあれば、上の基準に沿って作られた製品だと読み取れます。
「レア」と「生」は、行政の分類でもはっきり別物
感覚的には地続きに見える「レア」と「生」ですが、制度上の扱いは分かれています。厚生労働省の生食用食肉(牛肉)の規格基準に関するQ&Aでは、一般に特定加熱食肉製品に分類されるローストビーフは、製造過程において中心部分まで加熱殺菌されるものであり、生食用食肉の規格基準の対象ではないと明記されています。
一方で、同じQ&Aには重要な但し書きがあります。ローストビーフと称しているものであっても、中心部まで加熱していないものを生食用として販売する場合は、生食用食肉の規格基準に適合する必要がある、というものです。名前がローストビーフかどうかではなく、中心部まで加熱されているかどうかで扱いが決まる、と読むのが正確です。
生食用食肉(牛肉)の規格基準の対象になるのは、生食用食肉として販売される牛の食肉(内臓を除く)で、いわゆるユッケ、タルタルステーキ、牛刺し、牛タタキが含まれます。加熱の基準は、肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上加熱する方法、またはこれと同等以上の効果を有する方法です。表面を焼き固めて、そこから内側を削り出す発想になっています。
やりがちな誤解は、「牛タタキとローストビーフは似たようなもの」と考えることです。同Q&Aは、規格基準の施行前に牛タタキとして販売していた食肉を、レアステーキ等と称して販売することは不適切だとも述べています。呼び方を変えても中身の規制は変わりません。
生焼けとロゼの違いは、色より「どう加熱したか」で判断する
家庭で切ってみて中が赤いとき、それがロゼなのか単なる加熱不足なのかを、色だけで見分けるのは困難です。理由は前述のとおり、ミオグロビンの色は温度だけでなく酸素の当たり方や時間でも変わるからです。切ってすぐは暗い赤に見えたものが、10分ほど空気に触れると鮮やかな赤に変わることもあります。
判断材料になるのは、色ではなくプロセスです。中心温度を測ったか、その温度を何分保ったか、肉の厚みと加熱時間は釣り合っていたか。厚生労働省が豚の食肉について示した見た目の目安は、中心部の温度が75℃に達してから1分間以上加熱した場合、中心部の色が白っぽく変化していること、というものでした。逆に言えば、色が白っぽくなっていない加熱には、温度と時間の記録が要るということです。
よくある失敗は、「肉汁が透明なら火が通っている」という判定です。肉汁の色もミオグロビン由来なので、赤い汁が出なくなる温度と、殺菌に必要な条件を満たす温度は必ずしも一致しません。汁の色は補助的な手がかりにとどめて、中心温度計の数字を主役にするのが確実です。
もうひとつ覚えておきたいのが、市販品と自家製で「見た目が同じでも中身が違う」ことです。同じロゼ色でも、片方は温度記録と細菌検査を経た製品、もう片方はキッチンの推定値。この差を意識するだけで、扱い方の判断は変わってきます。
55℃で97分、63℃なら瞬時|数字で読む国の加熱ルール
「特定加熱食肉製品」という聞き慣れない分類の正体
食肉製品の4分類のうち、ハム・ソーセージ・ベーコンの多くは「加熱食肉製品」です。こちらの殺菌条件は中心部が63℃で30分、または同等以上とされています。生ハムのように加熱殺菌をしていないものは「非加熱食肉製品」、サラミなど水分を飛ばしたものは「乾燥食肉製品」です。
ローストビーフが当てはまる特定加熱食肉製品は、この3つのどれでもない枠として設けられています。63℃30分では肉が白くなってしまい商品として成立しないため、より低い温度で長い時間をかける道筋が用意された、と理解するとイメージしやすいでしょう。
見分け方はシンプルで、包装の一括表示欄です。「加熱食肉製品(加熱後包装)」「特定加熱食肉製品」といった記載があり、そこから製造時の加熱の考え方が逆算できます。惣菜コーナーで量り売りされているものは表示の形が異なる場合があるため、気になるときは店員に製造工程を確認するのが早道です。
注意したいのは、家庭で作ったローストビーフはこの分類に入らないことです。分類はあくまで「食肉製品」として製造・販売されるものへの規制であり、自宅のオーブンやポリ袋調理には検査も記録も付いてきません。同じ料理名でも、後ろ盾がまったく違います。
温度が1℃違うと必要な時間が大きく変わる
特定加熱食肉製品の加熱条件は、中心部が55℃で97分、60℃で12分、ないし63℃で瞬時、または同等以上の殺菌です。55℃と63℃はたった8℃差ですが、必要な時間は97分から瞬時までひらきます。温度が下がるほど時間は急激に伸びる、という関係になっています。
この感覚は、食品安全委員会の資料にある実測値からも読み取れます。牛肉を主とする食肉中の腸管出血性大腸菌のリスクプロファイルによれば、牛ひき肉におけるO157のD値は、脂肪2%の場合で57.2℃のとき4.1分、62.8℃のとき0.3分。脂肪30.5%ではそれぞれ5.3分、0.5分と報告されています。数℃の差で必要時間が一桁変わり、しかも脂肪が多いほど菌は死ににくくなるわけです。
ここから導ける実務的な結論は、「低温調理は温度設定を下げるほど、時間の管理がシビアになる」ということです。55℃を選ぶなら、中心部が55℃に到達してから97分という長丁場を、温度を落とさずに維持しなければなりません。到達までの時間は含みません。
もうひとつ、脂肪の話は部位選びに直結します。サシの多いブロックは口当たりこそ良いものの、殺菌の観点では条件が厳しくなる側です。赤身寄りのももやしんたまがローストビーフの定番なのは、味だけの理由ではありません。
| 比較項目 | 加熱食肉製品 | 特定加熱食肉製品 | 生食用食肉(牛肉) |
|---|---|---|---|
| 代表例 | ハム・ソーセージ・ベーコン | ローストビーフ | ユッケ・牛刺し・牛タタキ |
| 加熱の条件 | 中心部63℃で30分または同等以上 | 中心部55℃で97分・60℃で12分・63℃で瞬時または同等以上 | 表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上 |
| 加熱中の決まり | ─ | 中心部35℃以上52℃未満の時間は170分以内 | 肉塊は熟成を経ずに速やかに加熱殺菌 |
| 主な成分規格 | 大腸菌群陰性またはE.coli陰性など | E.coli100/g以下・黄色ブドウ球菌1,000/g以下・サルモネラ属菌陰性 | 腸内細菌科菌群が陰性 |

意外と知られていない「35℃以上52℃未満は170分以内」の裏ルール
特定加熱食肉製品の基準には、温度と時間の組み合わせのほかにもうひとつ条件があります。加熱時には製品中心部の温度が35℃以上52℃未満の時間は170分以内とする、というものです。低温調理を語る記事でもあまり触れられませんが、実は家庭での再現でいちばん外しやすいのがここです。
なぜこの帯が指定されているのかというと、35〜52℃はちょうど多くの細菌が増えやすい温度帯だからです。殺菌が始まる温度に届かないまま、菌にとって快適な温度に長く置かれると、狙った加熱に入る前に菌数が増えてしまいます。
家庭で問題になりやすいのは、大きなブロック肉を低温の湯にそのまま沈めるパターンです。塊が大きいほど、中心が35℃を超えてから52℃に届くまでに時間がかかり、気づけばこの帯に長く滞在していることがあります。塊を小さめに分ける、初めに表面を強火で焼き固める、湯量を十分に確保するといった工夫は、味だけでなくこの通過時間を短くする意味も持ちます。
逆に言うと、「時間をかけるほど安心」ではないことが分かります。低温調理の設計は、殺菌に必要な時間を確保しつつ、危ない温度帯の滞在時間を短くする、という2つの条件を同時に満たす作業です。
冷蔵は4℃以下|保存の温度まで決められている
加熱が終われば終わり、ではありません。特定加熱食肉製品には保存基準も定められており、水分活性0.95以上のものは4℃以下、水分活性0.95未満のものは10℃以下で保存することとされています。冷凍品は−15℃以下です。ローストビーフのようにしっとりした製品は水分活性が高い側なので、実質的に4℃以下の管理になります。
家庭用冷蔵庫の冷蔵室は、設定や扉の開閉によっては4℃を上回ることがあります。買ってきたローストビーフをドアポケットに入れるのは、温度変動が大きい場所なので避けたいところ。チルド室や冷蔵室の奥、温度が安定する位置に置くのが理にかなっています。
成分規格の面でも、特定加熱食肉製品にはE.coli(最確数)100/g以下、黄色ブドウ球菌1,000/g以下、クロストリジウム属菌1,000/g以下、サルモネラ属菌は25g中で陰性という基準が設けられています。製造時点でこれらを満たしていても、保存温度が崩れれば状態は変わっていきます。
失敗しやすいのは、パーティーでテーブルに長時間置きっぱなしにすることです。切り分けたローストビーフは断面が空気に触れ、室温にさらされます。食べる分だけ出して、残りは冷蔵庫に戻す運用にしておくと、温度の面でも見た目の面でも扱いやすくなります。
牛のかたまり肉は、なぜ中心が赤くても扱いが違うのか

汚染は表面に多く、内部はいちばん加熱されにくい
ブロック肉のリスクの考え方は「表面と内部」で整理すると分かりやすくなります。と畜・解体の工程で肉に付着する菌は、まず表面に付きます。そのため表面をしっかり加熱できれば、リスクの大部分に手が届く、という発想が成り立ちます。生食用食肉(牛肉)の規格基準が、肉塊の表面から深さ1cm以上の部分までを60℃で2分間以上と定めているのは、この考え方に沿ったものです。
ただし内部は、構造上いちばん熱が届きにくい場所でもあります。食品安全委員会のリスクプロファイルは、テンダライズ(筋切り、細切り等)処理、タンブリング(味付け等)処理、結着処理によって肉製品中心部へ菌が汚染される可能性を挙げ、中心部は外面に比べ加熱されにくいと指摘しています。表面の菌が内部に押し込まれると、いちばん火が通りにくい場所に移動してしまうわけです。
だからこそ、ローストビーフでは「かたまりのまま」という条件が効いてきます。切ったり刺したり、味を含ませるために揉んだりする工程が増えるほど、この前提は崩れます。
スーパーで下味付きのブロック肉を買ってローストビーフにするアイデアは、味の面では時短になりますが、加工の内容によっては前提が変わります。パッケージの表示に加工処理の記載がないか確認しておくと判断しやすくなります。
熟成が進むと、菌は深いほうへ移っていく
もうひとつ、あまり知られていない事実があります。厚生労働省のQ&Aによれば、牛のとさつ・解体後、熟成が進むにつれて腸管出血性大腸菌がより深部へ移行することが確認されており、切り出された肉塊は熟成を経ずに、加熱殺菌までの処理を速やかに行う必要があるとされています。
数字も示されています。菌体を生肉に接種してから1時間後には、肉塊の表面から1cmの部分から菌体が検出されたという知見です。1時間という短さは意外に感じるかもしれません。「表面だけ焼けば大丈夫」という理屈は、時間の経過とともに成り立ちにくくなっていくということです。
この知見を家庭に引き寄せると、「買ってきて数日冷蔵庫で寝かせたブロックを、表面だけ焼いてロゼに仕上げる」という手順は、条件がいちばん厳しくなる組み合わせだと分かります。同じ作るなら、購入後は早めに、中心まで温度が入る設計で調理するほうが理にかなっています。
なお、同Q&Aで示された加熱の実例では、250〜300gの肉塊(とさつ4日以内のしんたま又はうちもも部分の直立体)を約10Lの温湯(85℃)で10分間加熱殺菌したのち氷冷することで、表面から1cm以上の部分までを60℃で2分間以上加熱する条件を満たすことが確認されています。湯量と肉の大きさが具体的に指定されている点が、家庭との違いを物語ります。
結着肉・成型肉・軟化処理(テンダライズ)をした肉は、加工の過程で菌が中心部まで入り込む可能性が指摘されています。これらは中心部まで十分に加熱して食べるものとして表示されており、ローストビーフのように中心を低温で仕上げる料理には向きません。パッケージに「食肉加工品」「加工処理を行っています」といった記載がある商品は、中心部まで火を通してください。
ひき肉・内臓には、同じ考え方が通じない
「牛のブロックなら中が赤くてもいい」という理解を、そのまま他の肉に広げるのは危険です。ひき肉は表面にあった菌が全体に混ざり込むため、内部にも菌がいる前提で扱う必要があります。ハンバーグの中心が赤いのとローストビーフの中心が赤いのは、意味がまったく異なります。
内臓も別枠です。厚生労働省は、牛のレバーと豚肉(内臓を含む)は生食用としての販売が禁止されていると案内しています。この規制は、平成23年4月の飲食チェーン店での腸管出血性大腸菌による食中毒で5名が亡くなったことを受け、平成23年10月から牛の食肉の規格基準が適用され、平成24年7月から牛のレバーを生食として販売・提供することが禁止された、という流れで整備されました。
実際の汚染データもあります。食品安全委員会のリスクプロファイルには、2000〜2004年の市販牛内臓肉の調査で、大腸38検体中4検体(10.5%)、第四胃20検体中2検体(10.0%)、肝臓24検体中2検体(8.3%)からO157が分離されたという結果が掲載されています。内臓は部位そのものが菌と接する場所だからです。
焼肉のレバーやホルモンを焼くときの温度と時間の考え方は、別記事で詳しくまとめています。

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家で作ると何につまずく?低温調理の4つの落とし穴
湯の温度=肉の中心温度、という思い込み
家庭のローストビーフでいちばん多いすれ違いが、これです。低温調理器で湯を60℃に設定しても、肉の中心が60℃になるのは相当あとになってからで、しかも塊が大きいほど遅れます。設定温度に達したタイマーの音は、「湯が60℃になった」という合図であって、「肉の中心が60℃で12分保たれた」という保証ではありません。
特定加熱食肉製品の条件が「中心部が」と明記されているのは、この差を織り込んでいるからです。事業者は実際に温度計を差した状態で加熱試験を行い、湯温・湯量・肉の重量や形状などの条件を設定したうえで製造しています。厚生労働省のQ&Aでも、生食用食肉の加熱について、実際に加工を行う場合と同様の大きさの肉塊を用い、表面から1cmの深さに自記温度計を差し込んだ状態で条件を設定するよう求めています。
家庭で同じことをするなら、少なくとも中心温度計は必要です。感覚と数字がずれていることを一度目の当たりにすると、「なんとなく1時間」の危うさが実感できます。
対策はシンプルで、肉の厚みを揃えること、塊を小さめにすること、そして中心温度が目標に達した時点から時間を数えることです。到達前の時間を含めて計算していると、条件を満たさないまま切ることになります。
「余熱で火が通る」を当てにしてしまう
もうひとつの落とし穴が、余熱への過信です。焼き上がったブロックをアルミホイルで包んで休ませると、確かに中心温度は少し上がります。しかし上がり幅は肉の大きさ・室温・包み方で変わり、家庭では再現性がありません。
殺菌の条件は、温度と「その温度を保った時間」の掛け算です。余熱で一瞬だけピークに触れても、55℃で97分に相当する殺菌にはなりません。60℃で12分という条件も、60℃をよぎるのではなく、12分維持することを指しています。
ありがちな失敗の流れはこうです。オーブンで表面を焼く→アルミで包んで30分放置→切ったら中心が思ったより赤い→再加熱するのも面倒だからそのまま出す。ここで温度計を1回刺すかどうかが分かれ道になります。
もし中心が狙いより低かったときは、薄く切ってからフライパンでさっと火を入れる、あるいはローストビーフ丼のように追加加熱する料理に転換する、という逃げ道を持っておくと判断がぶれません。作り直しではなく方向転換だと考えれば気は楽です。
温度計は「どこに刺すか」で数字が変わる
中心温度計を用意しても、刺す場所を外すと意味がありません。測るべきは、いちばん熱が入りにくい最深部です。厚みのある部分の中心を狙い、骨や脂の層に当てないようにします。金属の芯が肉を貫通して反対側の湯に触れていると、湯温を読んでしまうこともあります。
刺す角度も重要です。上から垂直に刺すと、細長いブロックでは中心を外しがちなので、断面がいちばん厚い方向から水平に入れるほうが狙いを定めやすくなります。1か所だけでなく、2〜3か所測って低いほうの数字を採用すると安全側に寄せられます。
また、加熱中に何度も袋を開けて測ると、そのたびに温度が下がって条件が崩れます。低温調理では、加熱前に条件を決め、加熱中は開けず、仕上げに測るという段取りにしておくと、温度の履歴を乱さずに済みます。
豆知識として、厚生労働省が豚の食肉について示した見た目の目安は「中心部の色が白っぽく変化していること」でした。ローストビーフはあえて白くしない料理なので、この目安が使えません。だからこそ数字での確認が要る、という関係になっています。
常温に戻す時間が長すぎる
「焼く前に肉を常温に戻す」は定番の下ごしらえですが、低温調理と組み合わせるときは時間の管理が必要です。前述のとおり、特定加熱食肉製品の基準では中心部が35℃以上52℃未満の時間は170分以内とされています。加熱前に室温で長時間置くことは、この温度帯へ向かう時間を前倒しで消費するのと同じ意味を持ちます。
夏場のキッチンは室温が30℃前後になることもあり、「30分のつもりが1時間半」という運用は起こりがちです。冷蔵庫から出す時間は、肉の厚みに応じて必要最小限にとどめ、途中で別の作業を挟むならタイマーをかけておくと確実です。
常温に戻す作業そのものは、中心まで均一に火を入れるうえで意味があります。目的は「冷たい芯をなくすこと」であって、「肉をぬるくすること」ではありません。狙いを取り違えなければ、時間の設定も自然に短くなります。
肉を常温に戻す時間の目安と、温度帯の考え方は別記事で厚さ別に整理しています。

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実際に起きた食中毒が教えてくれること
44名が発症し、1名が亡くなった2022年の事例
ローストビーフのリスクは机上の話ではありません。国立健康危機管理研究機構の感染症情報提供サイト(IASR)に報告された事例では、2022年9月1日に京都府山城北保健所へ腸管出血性大腸菌O157の発生届が出され、調査の結果、管内の食料品店が販売したローストビーフとレアステーキが原因と特定されました。
症例は44名(食中毒認定例40名、可能性例4名)。喫食内訳はレアステーキ23名(52%)、ローストビーフ12名(27%)、両方購入が5名(11%)でした。主な症状は腹痛36名(82%)、下痢34名(77%)、血便27名(61%)で、90代の1名が亡くなっています。
時系列も記録されています。初発例の発症日は8月23日、症例数のピークは8月31日、最終の症例の発症日は9月8日。京都府は当該食料品店における食中毒と断定し、9月6日付けで営業停止処分を行いました。
この事例が示すのは、「専門の店で作られたものだから中心まで加熱されている」とは限らない、という現実です。製造の条件が守られていたかどうかが分かれ目になります。
中心温度が測られていなかった
報告で挙げられた製造工程の問題点は、具体的です。スチームコンベクションオーブンで調理していたものの、中心温度は測定されていませんでした。つまり、加熱の条件を満たしているかどうかを確認する手段がないまま製造されていたことになります。
ここまで読んできた流れで言えば、特定加熱食肉製品の条件は「中心部が55℃で97分、60℃で12分、63℃で瞬時、または同等以上」であり、いずれも中心部の温度と時間で定義されています。中心温度を測っていないということは、条件を満たしたことを説明できないということです。
調理機器が優秀かどうかは別問題です。スチームコンベクションオーブンは庫内温度を精密に制御できますが、庫内温度と肉の中心温度は一致しません。家庭の低温調理器と、抱えている課題の構造は同じです。
読者の立場でできることは限られますが、惣菜のローストビーフを日常的に買う店があるなら、製造方法や中心温度の管理について尋ねてみるのは無駄ではありません。答えられる店は、それだけ工程を把握しています。
加熱済みの肉を「汚染区域」に持ち込むと台無しになる
もうひとつの問題点として報告されているのが、加熱調理済み食品が未加熱食肉を扱う汚染区域に持ち込まれていたことです。せっかく加熱したものを、生肉を扱う場所や器具に触れさせてしまえば、菌は再び付着します。これは家庭のキッチンでもそのまま起こります。
食品安全委員会のリスクプロファイルには、この二次汚染を数値で示した研究が紹介されています。汚染された内臓肉をトングや箸でつかんだ場合、食肉全体に付着している菌数の1/100〜1/1,000が調理器具を汚染し、その汚染された調理器具で焼成済みの食肉をつかんだ場合、器具に付着している菌数の1/10〜1/100が食肉を汚染したという結果です。
この事例では、当時のCOVID-19の流行により8月21日から28日にかけて通常5名体制の製造が2名に減っており、従業員の手洗いや手袋交換が不適切だった可能性も指摘されています。人手が足りないときほど手順が省かれる、という普遍的な話です。
家庭で真似したくない典型が、生肉をのせていたまな板やバットに、焼き上がったブロックを戻すことです。切り分ける前に器具を替える、生肉用と加熱後用でトングを分ける。この2つを守るだけで、リスクの経路がひとつ減ります。

焼肉屋のテーブルに置かれた黒いトング。あれで生のカルビを網にのせて、焼き上がったらそのまま自分の皿へ——という流れ、じつは食中毒対策の面ではやってはいけない持ち…
腸管出血性大腸菌感染症は感染症法で三類感染症に位置づけられています。食品安全委員会の資料によれば、2006〜2008年には腸管出血性大腸菌感染症の有症者の約3〜4%に溶血性尿毒症症候群(HUS)を併発したとの報告があり、乳幼児や高齢者では重い症状になることがあるとされています。腹痛や血便などの症状があるときは、自己判断で市販薬を使わず医療機関を受診してください。
O157は少ない菌数でも症状につながる
腸管出血性大腸菌が警戒される理由は、菌数の少なさで発症しうる点にあります。食品安全委員会の資料では、O157が高い感染性を有することを示す解析結果が紹介されています。「見た目もにおいも変わらない」量の菌で症状が出る可能性がある、というのが厄介なところです。
加熱の目安については、我が国においては75℃1分間以上の加熱によることとされています。これは、調理用オーブンによるハンバーグの調理加熱でのO157の消長に関し、65℃1分間の加熱により10の8乗の接種菌量が死滅した報告で裏付けられている、と同資料は説明しています。
厚生労働省も、お肉による食中毒の主な原因として腸管出血性大腸菌、サルモネラ属菌、カンピロバクター、E型肝炎ウイルス、寄生虫を挙げ、中心温度75℃で1分間以上の加熱が重要だと案内しています。2011年のユッケによる食中毒では、181名の患者のうち5名が亡くなり、そのうち3名が14歳以下の子どもでした。
意外に思われるのは、O157が凍結に強いことです。同資料には、牛ひき肉中では凍結しても生残することや、pH4.0から4.5の酸性条件下での増殖が可能な場合があることが記載されています。冷凍やマリネで菌が消えるわけではない、と覚えておくと判断を誤りません。
子ども・高齢者・妊娠中はどう考える?立場別の付き合い方
妊娠中はトキソプラズマとリステリアの両方を見る
食品安全委員会「お母さんになるあなたと周りの人たちへ」では、妊娠中に注意したい2つの経路が示されています。ひとつはトキソプラズマ。寄生虫で、加熱不十分な豚や羊などの肉や、ネコの糞便に含まれていることがあり、妊娠中の初感染は流産や死産を引き起こす可能性があるとされ、食肉を中心部までしっかり加熱することで防ぐことができると案内されています。
もうひとつがリステリアです。ナチュラルチーズ、スモークサーモン、生ハム、肉や魚のパテなど、「加熱していない食品」や「食べるときに加熱を要しない調理済み食品」により食中毒を引き起こす細菌で、妊娠中はできるだけ加熱して食べることが推奨されています。
ローストビーフは、まさに「食べるときに加熱を要しない調理済み食品」に当たります。市販品が基準どおりに作られていても、購入後の保存や切り分けの工程が加わる以上、妊娠中はできるだけ加熱してから食べる、という選択が公的な案内の方向と一致します。
実践としては、ローストビーフをそのまま食べるのではなく、薄切りにして温かいご飯やスープに合わせ、しっかり火が通る形にするのが分かりやすい方法です。食べたいものを完全に諦めるのではなく、形を変える発想です。
小さな子ども・高齢者は重症化しやすい
厚生労働省が紹介している2011年のユッケの事例では、181名の患者のうち亡くなった5名のうち3名が14歳以下の子どもでした。食品安全委員会も、乳幼児やお年寄りでは、死亡したり重い症状になることがあるとしています。同じ量の菌に触れても、結果が同じとは限らないということです。
2022年の京都府の事例で亡くなったのも90代の方でした。年齢層によってリスクの重みが変わるという点は、家庭で誰に何を出すかを決めるときの判断材料になります。
クリスマスや年末年始の食卓は、家族が集まるぶん年齢層が広がります。大皿でローストビーフを出す場面では、小さな子どもや高齢の家族の分だけ、火を通した別の一皿を用意しておくと、全員が同じ料理を我慢せずに済みます。
やりがちなのは、「少しだけなら」と取り分けてしまうことです。量が少なければリスクが比例して下がる、とは限らないのが少量発症する菌の特徴でした。分量ではなく調理の形で調整するほうが理屈に合っています。
・妊娠中:食品安全委員会は加熱不十分な肉によるトキソプラズマ、調理済み食品によるリステリアの両方に注意を促し、できるだけ加熱して食べることを勧めている
・小さな子ども・高齢者:公的資料でも重症化の事例が報告されており、火を通した別皿を用意するのが現実的
・健康な大人:市販の特定加熱食肉製品を、4℃以下で保存し早めに食べる運用が基本
・自家製:中心温度を測っていないなら、中心部まで火を通す前提で扱う
市販品と自家製では、そもそも前提が違う
同じ「ローストビーフ」でも、市販の特定加熱食肉製品と自家製とでは、後ろにあるものが違います。市販品には、加熱条件の設定、製造記録、成分規格の検査、保存基準という一連の枠組みがあります。自家製にはそれがなく、キッチンの温度計と作り手の段取りがすべてです。
この差は、優劣の話ではありません。自家製でも、中心温度を測り、目標温度到達から時間を数え、器具を分けていれば、条件を意識した調理になります。逆に市販品でも、買ってから常温で持ち歩く時間が長ければ前提は崩れます。どちらも「工程が守られているか」で決まります。
判断に迷ったときの目安は単純で、条件を説明できるかどうかです。「何℃で何分保ったか」に答えられない場合は、中心部まで火を通す方向に倒す。この一本の線を持っておくと、その場の雰囲気に流されずに済みます。
ホームパーティーでもらいものを出す場面では、製造者と保存方法が分からないこともあります。そういうときこそ、薄切りにして加熱する料理に転用するのが無難です。
外食・惣菜では、ここだけ見ておく
外食や惣菜で確認できることは限られますが、ゼロではありません。パック商品なら一括表示欄に「特定加熱食肉製品」などの記載があるか、消費期限と保存温度がどうなっているかを見ます。売り場の温度帯も手がかりで、冷蔵ケースの中でも吹き出し口から遠い位置は温度が上がりやすい場所です。
持ち帰りの時間も条件のうちです。特定加熱食肉製品の保存基準は水分活性0.95以上で4℃以下ですから、夏場に保冷剤なしで長時間持ち歩けば、その条件からは外れます。厚生労働省も、購入時は保冷剤とともに持ち帰ることを勧めています。
飲食店では、ローストビーフ丼のように加熱したご飯に載せる料理と、前菜として冷たいまま出る料理では、扱いが変わります。気になるときは、注文時に「しっかり火を通したものはありますか」と聞けば、店側は代替を提案できます。
覚えておきたいのは、「新鮮なら生でも問題ない」という考え方が公的な案内では否定されていることです。厚生労働省は、食肉は新鮮なものかどうかに関わらず、生や加熱不十分な状態で食べることで重篤な食中毒を起こす場合があると案内しています。鮮度と菌の有無は別の話です。
買うとき・食べるときのチェックポイントと栄養データ
ラベルの一括表示で「分類」を確認する
買い物で最初に見るべきは、価格でも産地でもなく一括表示欄です。食品表示基準では、食品衛生法上の食肉製品について「乾燥食肉製品である旨」「非加熱食肉製品である旨」「特定加熱食肉製品である旨」「加熱食肉製品である旨」の表示義務が課されています。ここに「特定加熱食肉製品」とあれば、中心部55℃97分・60℃12分・63℃瞬時などの条件で作られた製品だと読み取れます。
あわせて確認したいのが保存方法の記載です。「4℃以下で保存してください」といった表記は、水分活性0.95以上の製品に対応する基準そのものです。家に帰るまでの時間と、冷蔵庫のどこに入れるかを決める材料になります。
惣菜売り場の量り売りやレストランのテイクアウトでは、この表示が付かないこともあります。その場合は消費期限と保存温度の案内を確認し、なければ当日中に食べ切る前提で扱うのが現実的です。
意外な落とし穴は、輸入品の「ローストビーフ風」商品です。名称が似ていても分類や加熱条件が異なる場合があるため、名前ではなく表示の分類欄で判断するほうが確実です。
100gで190kcal・たんぱく質21.7g|牛肉加工品の中での立ち位置
栄養面も見ておきましょう。文部科学省の食品成分データベースによると、日本食品標準成分表(八訂)増補2023年のローストビーフは100gあたりエネルギー190kcal、たんぱく質21.7g、脂質11.7g、炭水化物0.9g、食塩相当量0.8g、鉄2.3mg、亜鉛4.1mgです。
同じ「うし[加工品]」の中で並べると位置づけが見えてきます。コンビーフ缶詰は191kcalとカロリーはほぼ同じですが脂質は13.0g、食塩相当量は1.8gと塩分が倍以上。ビーフジャーキーは水分が抜けているぶん100gあたり304kcal・たんぱく質54.8gと数字が跳ね上がり、食塩相当量も4.8gになります。スモークタンは273kcalで脂質23.0g。牛肉の味付け缶詰は156kcal・脂質4.4gと、脂質は最も控えめでした。
ローストビーフの特徴は、たんぱく質21.7gに対して食塩相当量0.8gという組み合わせです。加工肉のなかでは塩分が抑えめで、亜鉛4.1mg・鉄2.3mgもとれます。低温で仕上げるぶん、水分を保ったまま食べられることが数字にも表れています。
ただし、実際に食べる量は100gに届かないことも多く、ソースの塩分が上乗せされます。市販のグレイビーソースやわさび醤油を使うなら、その分も含めて考えるのが実際的です。
| 100gあたり | ローストビーフ | コンビーフ缶詰 | ビーフジャーキー | スモークタン |
|---|---|---|---|---|
| エネルギー | 190kcal | 191kcal | 304kcal | 273kcal |
| たんぱく質 | 21.7g | 19.8g | 54.8g | 18.1g |
| 脂質 | 11.7g | 13.0g | 7.8g | 23.0g |
| 食塩相当量 | 0.8g | 1.8g | 4.8g | 1.6g |
| 亜鉛 | 4.1mg | 4.1mg | 8.8mg | 4.2mg |
※お肉の教科書調べ/日本食品標準成分表(八訂)増補2023年(文部科学省 食品成分データベース)の数値をもとに作成
買ったあとの扱いで、条件は変わってしまう
製造時に基準を満たしていても、家庭に入ってからの扱いで状態は変わります。保存基準の4℃以下は、冷蔵庫の設定温度ではなく実際の庫内温度の話です。詰め込みすぎると冷気が回らず、部分的に温度が上がります。
切り分けたあとは、断面という新しい表面が生まれます。そこは空気にも器具にも触れる場所なので、切ってから時間を置くほど条件は不利になります。食べる直前に切る、という当たり前の段取りには、味以外の意味もあるわけです。
包丁とまな板を生肉用と分けるのは、前章で見た二次汚染の数値のとおりです。加熱済みのローストビーフを、生肉を切ったまな板の上でスライスすれば、加熱で得たものを自分で戻してしまいます。
残ったローストビーフの翌日の扱いは、そのまま食べるより、丼やサンドイッチにして温めるほうが条件を整えやすくなります。作り置きの前提を「冷たいまま」から「温め直す」に変えるだけで、判断がずっと楽になります。
実は、赤さを守っているのは温度より「時間の設計」
意外と知られていないのですが、ローストビーフの赤を守る主役は「低い温度」ではなく「温度と時間の組み合わせ」です。国の基準が55℃97分から63℃瞬時まで幅を持たせているのは、同じ殺菌効果に到達する道が複数あることを示しています。温度を下げるなら時間を延ばす、温度を上げるなら時間を短くする、という交換関係です。
この見方に立つと、「低温調理=低い温度でだらだら加熱」という理解が雑だと分かります。むしろ低温にするほど、時間の管理は緻密でなければなりません。加えて、中心部が35℃以上52℃未満にいる時間は170分以内という制約もかかります。自由度が高いのではなく、守るべき軸が2本になるということです。
家庭で赤い断面を狙うなら、温度を下げる方向より、63℃寄りの設定で確実に時間を確保するほうが管理は簡単です。色の鮮やかさはわずかに落ちますが、条件を説明できる状態で食卓に出せます。
逆に言えば、プロが55℃付近の設定を扱えるのは、温度制御と時間の記録が揃っているからです。同じ数字だけを家庭に持ち込むと、いちばん難しい部分だけが抜け落ちます。真似するなら、温度ではなく管理のほうを真似したいところです。
| 制度上の分類 | 特定加熱食肉製品(食品衛生法の規格基準) |
| カロリー(100gあたり) | 190kcal |
| タンパク質・脂質 | たんぱく質21.7g/脂質11.7g(100gあたり) |
| 断面が赤い理由 | 筋肉色素ミオグロビンの色。血液そのものではない |
| 加熱の決まり | 中心部55℃97分・60℃12分・63℃瞬時または同等以上。35℃以上52℃未満は170分以内 |
| 保存の目安 | 水分活性0.95以上は4℃以下、0.95未満は10℃以下、冷凍は−15℃以下 |
まとめ
ローストビーフをめぐるモヤモヤの正体は、「赤い=生」という思い込みでした。実際には、市販のローストビーフは特定加熱食肉製品として、中心部55℃で97分、60℃で12分、63℃で瞬時、あるいは同等以上という条件で加熱されています。加えて、加熱中に中心部が35℃以上52℃未満にとどまる時間は170分以内、保存は水分活性0.95以上なら4℃以下。色ではなく、温度と時間と保存という3つの数字で管理されている食品です。
一方で、2022年の京都府の事例が示したように、中心温度が測られていなければ、専門の設備があっても条件は満たせません。44名が発症し1名が亡くなったこの事例の要因は、中心温度の未測定と、加熱済み食品を汚染区域に持ち込む運用でした。家庭のキッチンでも、構造はまったく同じです。湯温と中心温度を混同しない、余熱を当てにしない、器具を生肉用と分ける。この3つが、家でローストビーフを作るときの土台になります。
そして、誰が食べるかで判断は変わります。食品安全委員会は妊娠中の食事について、加熱不十分な肉によるトキソプラズマ、調理済み食品によるリステリアの両方に注意を促し、できるだけ加熱して食べることを勧めています。小さな子どもや高齢の家族が同席する食卓なら、火を通した一皿を別に用意するのが現実的な落としどころです。
まず今日できる一歩は、次にローストビーフを買うときに、値札ではなく裏面の一括表示欄を見てみることです。「特定加熱食肉製品」の5文字と保存温度の記載を確認する習慣がつけば、赤い断面を前にして迷うことはなくなります。作る側に回るなら、中心温度計を1本用意するところから始めてみてください。
※法令・規格基準や公的機関の案内は改正されることがあります。最新の情報は厚生労働省・食品安全委員会・文部科学省などの公式サイトでご確認ください。

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