焼肉店のホルモンメニューに「チレ」という2文字を見つけて、注文するかどうか5秒くらい迷った経験はないでしょうか。ミノでもハツでもシマチョウでもない。読み方すら合っているか自信がない。そんな部位が、もつ焼き屋の串の中にひっそり並んでいることがあります。
結論から言うと、チレは牛(または豚)の脾臓(ひぞう)です。血液を溜めたり、古くなった赤血球を壊したりする臓器で、牛1頭から1.5kg〜2kg程度しか取れません。味はレバーに似ていますが臭みが少なく、レバーが苦手な人ほど「これなら食べられる」と感じやすい部位です。
そしてこの部位、調べていくと少し不思議なことが起きます。カロリーやタンパク質を確かめようと公的な栄養データにあたると、「チレ(脾臓)」という行はちゃんと存在するのに、数値欄がまるごと空白なのです。この記事では、チレの正体と呼び名の由来、味と食感、栄養データが存在しない理由、生食をめぐる法律の線引き、そして家庭での下処理と焼き方まで、順番に整理していきます。
・チレの正体は牛・豚の「脾臓」。1頭から1.5kg〜2kg程度しか取れない
・味はレバー似だが臭みが少なく、加熱してもボソボソしにくい
・公的な副生物の栄養成分表にチレの行はあるが、数値はすべて空白
・豚のチレは2015年6月12日から生食用の販売・提供が禁止されている
チレ部位とは?牛1頭に2kgしかない脾臓ホルモンの正体

チレの正体は「血をつくり、血をこわす」脾臓だった
チレは牛・豚の脾臓(ひぞう)を指すホルモンの呼び名です。胃や腸のような消化器ではなく、血液にかかわる臓器という点が、他のホルモンと決定的に違います。
脾臓の仕事は大きく分けて3つ。古くなった赤血球を壊すこと、血液を溜めておくこと、そして血液に入り込んだ細菌を処理することです。つまりチレは、体内を巡ってきた血液が集まり、選別される場所。だからこそ切ると血がにじみ、断面が濃い赤紫色になります。レバー(肝臓)と見た目が似ているのは、どちらも血を大量に含む臓器だからです。
精肉の現場では、この見た目が呼び名にそのまま反映されています。牛肉卸の安堂畜産は、地元でチレを「チギモ(血肝)」と呼ぶと紹介しています。血の多い肝臓、という直球のネーミングです。実際にホルモンの盛り合わせの中でチレを見分けるときも、「レバーより一段と黒っぽく、平たくて細長い」という形の特徴が手がかりになります。
注意しておきたいのは、脾臓=内臓のフィルターというイメージから「汚れが溜まっている部位では」と誤解されがちな点です。脾臓は老朽化した赤血球を処理する器官であって、毒素を蓄積するタンクではありません。とはいえ血が多く傷みやすいのは事実なので、鮮度の管理が他のホルモン以上にシビアになります。ここが後で効いてくるポイントです。
1頭1.5kg〜2kgだけ。しかも「劣化が早い」二重の壁
チレが希少と言われる理由は、単純な量の少なさだけではありません。取れる量が少ないうえに、日持ちしないという二重の制約があります。
まず量。牛1頭から取れるチレは1.5kg〜2kg程度です。牛の枝肉が1頭あたり数百kgあることを考えると、割合としてはごくわずか。豚になるとさらに小さくなります。ミノ(第一胃)やシマチョウ(大腸)のようにキロ単位でまとまって取れる部位とは、そもそも流通量の桁が違います。
そして鮮度。群馬県前橋市でホルモン店を営む「ホルモンしま田」は、チレについて「劣化の早い部位なので仕込んだら早めに食べきりましょう」と書いています。血液を多く含む部位は酸化と菌の増殖が進みやすく、時間が経つほど独特の血の匂いが立ってきます。仕入れても翌日には売り切らなければならない、という商売上のハードルがあるわけです。
この2つが重なると何が起きるか。「置いておけない商品を、少ししか仕入れられない」という状態になります。回転の速い専門店でなければ扱いにくく、結果として一般的な焼肉チェーンのメニューからは姿を消しがちです。希少部位というと「高級だから少ない」とイメージしがちですが、チレの場合は物流と鮮度の都合で店頭に出てこないタイプの希少さだと理解しておくと納得しやすくなります。
焼肉店では見ないのに、もつ焼き屋には並んでいる理由
チレを探すなら、焼肉店よりもつ焼き・やきとんの店を当たったほうが遭遇率は上がります。これは店のジャンルによって仕入れの単位と回転の仕方が違うからです。
焼肉店は牛の各部位を薄切りで並べ、盛り合わせで提供するのが基本形です。1品あたりのグラム数が小さく、種類は多い。この形だと、少量しか入らず翌日に持ち越せない部位は定番メニューに組み込みにくくなります。一方もつ焼きの店は、串に刺して仕込み、その日のうちに焼き切る前提で回します。ホルモンしま田も「焼肉屋で見かけること少ないですが、もつ焼きのお店だとチレ刺しや串焼きでチレがあったり」と説明しています。
見つけ方の実践的なコツは、メニューの「本日のおすすめ」「限定」欄を先に見ることです。チレは常設メニューではなく、入荷した日だけ黒板に書かれるパターンが多い部位。串焼きの品書きに「チレ」「タチ」「チギモ」といった表記があれば当たりです。豚を扱うやきとんの店なら、豚のチレとして出ていることもあります。
ひとつ知っておくと得なのは、店員さんに「チレってありますか」と聞くとき、呼び名が通じないことがある点です。関東と関西、牛と豚で呼称が揺れるため、「脾臓のホルモンです」と付け加えると話が早く進みます。ホルモンは地域ごとの通称が多く、名前が一つに定まっていない部位ほどこの一言が効きます。
ホルモン全体の部位分類を先に頭に入れておくと、チレの位置づけがぐっと掴みやすくなります。

焼肉店のメニューで「ミノ」「シマチョウ」「ギアラ」と並んでいても、どれが胃でどれが腸なのか、パッと言える人は多くありません。ホルモンは牛1頭からたくさんの種類が…
| 部位の位置 | 脾臓(ひぞう)。胃の近くにあり、網脂に包まれている |
| カロリー(100gあたり) | 公的な成分表に収載がなく、数値は公表されていない |
| タンパク質・脂質 | 同上(データなし)。近い臓器では牛レバーがたんぱく質19.6g・脂質3.7g |
| 食感・味の特徴 | ねっとり柔らかい。レバー似だが臭みが少なくさっぱり |
| 1頭からの取れる量目安 | 牛1頭あたり1.5kg〜2kg程度 |
| おすすめ調理法 | 串焼き・焼肉(網脂を添えて)、唐揚げ、天ぷら、炒め物、煮込み |

なぜ「チレ」と呼ぶ?名前をたどると太刀と韓国語に行き着く
タチギモの「タチ」は日本刀の太刀のこと
チレの別名でもっともよく使われるのが「タチギモ」、縮めて「タチ」です。この名前の由来は、部位の形そのものにあります。
脾臓は平たくて細長い臓器で、片手で持つと反り気味の板のような形をしています。ホルモンしま田は、この「形が太刀に似ていることから」タチギモと呼ぶようになったと説明しています。太刀は反りのある日本刀のこと。つまりタチギモは「刀のような形をした肝(きも)」という意味になります。
実物を見ると腑に落ちる名前です。ハツ(心臓)は握りこぶし状、ミノは分厚い板状、シマチョウは筒状。それぞれ形に個性がありますが、チレほど「細長くて平たい」形をしたホルモンは他にありません。焼肉の盛り合わせで、レバーに似た色なのに細長い短冊状に切られているものがあれば、チレの可能性が高いと考えられます。
ここで押さえておきたいのは、ホルモンの「〜ギモ」は必ずしも肝臓を意味しないということです。日本語の「きも」はもともと内臓全般を指す言葉で、レバー以外の臓器にも使われてきました。タチギモ、チギモという名前を見て「肝臓の一種だろう」と判断すると、部位を取り違えます。名前に「ギモ」が入っていても、脾臓は肝臓とはまったく別の臓器です。
チギモは「血肝」。切ると血が出る見た目から
もうひとつの別名「チギモ」は、漢字を当てると「血肝」です。こちらは形ではなく、色と質感から来ています。
脾臓は血液を溜める臓器なので、包丁を入れると断面から血がにじみます。色も肝臓より暗く、黒みがかった赤紫。安堂畜産はこの見た目から、地元でチギモと呼ばれていると紹介しています。名前がそのまま部位の性質を言い当てている、わかりやすい命名です。
この「血が多い」という性質は、食べる側にとっても実用的な情報になります。血を多く含むということは、鉄分やビタミンB12といった血液関連の栄養素が期待できる一方で、鮮度が落ちると血の匂いが立ちやすいということでもあるからです。実際、チレの下処理は血抜きと水分の拭き取りが中心になります。名前を知ることが、そのまま扱い方の理解につながる珍しい部位です。
豆知識として覚えておくと便利なのが、精肉店や卸で「チギモ」と言われたときの解釈です。地域によっては同じ「チギモ」という言葉で別の部位を指す場合もあるため、注文時は「脾臓」という正式名称を確認しておくと確実。ホルモンの通称は方言に近い性質があり、100km離れると通じないことも珍しくありません。
「チレ」は韓国語由来という説がある
では「チレ」という呼び名自体はどこから来たのか。有力とされているのが韓国語由来説です。
食情報メディア「ちそう」は、韓国の標準語で脾臓を「チラ」と呼び、釜山を含む慶尚道(キョンサンド)の方言では「チレ」と呼ぶと紹介しています。日本にはもともと脾臓を積極的に食べる文化が薄く、韓国から伝わった食べ方とともにこの呼び名が広まった、という説明です。一方で安堂畜産は「韓国語で内臓を意味する」名称としており、由来の説明は情報源によって揺れがあります。
この揺れ自体が、チレという部位の立ち位置をよく表しています。ホルモン文化には朝鮮半島由来の呼称が多く、ミノ・ハツのような和名系と、チレ・ハツモトのような別系統の呼び名が混在しているのが実情です。由来をひとつに断定できる公的資料は見当たらないため、この記事でも「そういう説がある」という扱いにとどめておきます。
知っておくと役立つのは、複数の呼び名を全部覚えておくと入手のチャンスが増えるということです。「チレ」で検索して出てこなくても、「タチギモ」「脾臓」で探すと精肉卸のオンラインショップにヒットすることがあります。呼称が統一されていない部位は、検索ワードを変えるだけで見つかる確率が変わります。
レバーが苦手でも食べられる?味と食感を他のホルモンと比べる

味はレバー似、でも臭みは一段軽い
チレの味を一言で表すなら「レバーの風味を薄めて、雑味を抜いたもの」です。レバーが苦手な人の試金石になる部位、と言われることがあります。
なぜ臭みが軽くなるのか。レバー特有のクセは、肝臓が代謝の中枢として多様な物質を処理する臓器であることに由来します。対して脾臓の仕事は赤血球の処理と血液の貯蔵が中心で、肝臓ほど複雑な代謝を担っていません。結果として、血の風味は残るものの、レバー特有の「あの匂い」は控えめになります。ホルモンしま田も「チレ自体は脂っぽさ無くさっぱりとしています」と表現しています。
実際に判断するときの目安は、口に入れてからの余韻です。レバーは飲み込んだ後にも風味が舌に残りますが、チレは血の香りが立ち上がってからすっと引いていきます。塩とレモン、または軽く味噌ダレを合わせるとこの引きの良さが際立ちます。脂が少ないぶん、濃いタレで漬け込むよりシンプルな味付けのほうが持ち味が出やすい部位です。
注意点として、これは鮮度が保たれている場合の話だという前提を忘れないでください。血の多い部位は時間の経過とともに匂いが強くなります。「レバーより食べやすい」という評価は、その日に仕込んだ状態が前提。日が経ったチレは、むしろレバーより血の匂いが目立つことがあります。
ぐにゅっ、もちっ。ハツともレバーとも違う独特の歯ざわり
食感はチレを語るうえで外せない要素です。レバーより歯応えがあり、ハツより歯切れが悪いという、他に例えにくいポジションにあります。
ホルモンしま田は、この食感を「ハツよりも歯切れはよくない少しぐにゅっ、もちっとした不思議な食感」と書いています。組織構造の違いが理由です。ハツ(心臓)は筋肉なので繊維がはっきりしていて、噛むとスパッと切れます。レバーは細胞が密に詰まっていて、噛むとほろりと崩れる。チレはその中間で、血液を溜めるスポンジのような構造を持つため、噛むと押し返してくる弾力があります。
見分け方としても食感は使えます。串焼きで出てきたものがチレかどうか迷ったら、一口目の噛み心地を意識してみてください。「歯が入るのに、切れるまでにワンテンポある」ならチレの特徴に当てはまります。この弾力は薄切りにすると弱まるので、串焼きのように厚みを残した切り方のほうが持ち味が出ます。
知っておくと得なのは、この食感が加熱時間で大きく変わることです。火が入りすぎるとゴムのように締まり、逆に生に近い状態だとねっとりして柔らかくなります。とはいえ後述するとおり、内臓は中心部までしっかり加熱するのが基本。「柔らかさを狙って火入れを甘くする」という方向で調整するのは避けてください。厚みを薄めにして短時間で中心まで火を通す、というアプローチが現実的です。
加熱してもボソボソしにくいという意外な強み
家庭で扱ううえで地味に効いてくるのが、火を通してもパサつきにくいという性質です。
レバーを炒めたら固くボソボソになってしまった、という失敗は多くの人が経験しています。肝臓はたんぱく質が凝固すると水分が抜けやすく、火入れの許容範囲が狭いためです。ホルモン専門の情報を発信するnote記事「ホルモン★もいしょう」は、チレについて「レバーのように、加熱でボソボソした食感になることもなく、クセがなくて、食べやすい」と説明しています。
この差は、チレの弾力のある組織構造から説明できます。血液を蓄えるスポンジ状の構造は、加熱で収縮しても内部に水分を保ちやすく、レバーほど極端に乾かないのです。だから唐揚げや天ぷら、炒め物といった「しっかり火を通す料理」との相性が良い。安堂畜産も焼肉のほか、天ぷら・唐揚げ・炒め物を調理例として挙げています。
とはいえ限度はあります。強火で焼き続ければ当然締まって固くなりますし、煮込みに使う場合はホルモンしま田が指摘するとおり「別で下茹でしてから煮込む」というひと手間が必要です。血の多い部位をそのまま鍋に入れると、煮汁全体に血の匂いが移ってしまいます。下茹でしたお湯は捨てる、という基本を守れば、煮込みでも扱いやすい素材になります。
【失敗パターン①】レバー感覚で長く火を入れて台無しにする
チレは「レバー似」という前情報から、しっかり焼こうとして焼きすぎる人が多い部位です。原因は、レバーの生食が禁止されているイメージが強く、内臓=念入りに加熱という発想になること。対策は、厚みを1cm前後に抑えて短時間で中心まで火を通すこと。厚いまま長時間焼くのではなく、薄めに切って加熱時間を短縮するほうが、安全性と食感を両立できます。
チレ部位のカロリーを調べて驚いた「数値が存在しない」問題
実は、公的な成分表にチレの行はあるのに中身が空白
チレのカロリーやタンパク質量を知りたくて検索した人は、たいてい途中で行き詰まります。理由ははっきりしていて、公的な栄養データにチレの数値が載っていないからです。
文部科学省の日本食品標準成分表(八訂)増補2023年には、牛の副生物として舌・心臓・肝臓・じん臓・第一胃から第四胃・小腸・大腸・直腸・腱・子宮・尾などが収載されています。しかし脾臓は入っていません。豚も同様です。
さらに興味深いのが、業界団体がまとめた資料の扱いです。公益財団法人日本食肉消費総合センターなどの数値を集めた「副生物(バラエティミート)の栄養価」という一覧表には、「チレ(脾臓)」という行がきちんと設けられているのに、エネルギーからビタミンまで数値欄がすべて空白になっています。同じ表では、スイゾウ(膵臓)、リードボー(胸腺)、ウルテ(気管)、モウチョウ(盲腸)なども同じく空欄です。つまり「載せる枠は用意したが、測定データが揃わなかった」状態が、そのまま公開されているわけです。
ここから読み取れるのは、チレが栄養分析の対象になるほど流通していないという事実です。成分分析には検体の確保と費用がかかります。流通量が少なく、地域限定で消費される部位は、後回しになりやすい。「データがない=食べる価値がない」ではなく、「データを取るほどの市場規模がなかった」と読むのが実情に近い解釈です。
【お肉の教科書調べ】チレと他の内臓系ホルモンの栄養データ比較
数値がないなら、周辺の臓器と比べることで位置づけを推測するしかありません。日本食品標準成分表(八訂)増補2023年に収載されている牛の副生物のうち、チレと性格の近いものを並べたのが次の表です。
| 部位(生・100gあたり) | エネルギー | たんぱく質 | 脂質 | 鉄 | 亜鉛 |
|---|---|---|---|---|---|
| チレ(脾臓) | 未収載 | 未収載 | 未収載 | 未収載 | 未収載 |
| レバー(肝臓) | 119kcal | 19.6g | 3.7g | 4.0mg | 3.8mg |
| ハツ(心臓) | 128kcal | 16.5g | 7.6g | 3.3mg | 2.1mg |
| マメ(じん臓) | 118kcal | 16.7g | 6.4g | 4.5mg | 1.5mg |
| センマイ(第三胃) | 57kcal | 11.7g | 1.3g | 6.8mg | 2.6mg |
※チレ以外は文部科学省 食品成分データベース「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」より。チレは同成分表に収載がないため未収載と表記(お肉の教科書調べ)
この表からわかるのは、内臓系のホルモンがおおむね100gあたり60〜130kcal台に収まるという傾向です。脂の多いシマチョウやマルチョウのような腸系と違い、実質臓器はたんぱく質が主体で脂質が控えめ。チレも構造的には血液を多く含む実質臓器なので、この帯の中に入る可能性が高いと考えられます。ただしこれはあくまで推測であって、確定した数値ではありません。
なお同じ表のセンマイを見ると、鉄が6.8mgと肝臓の4.0mgを上回っています。「鉄分といえばレバー」というイメージは強いのですが、ホルモンの世界では必ずしもそうとは限りません。

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「肝臓の◯倍の鉄分」という数字を見かけたら
チレを検索すると、「肝臓の5倍の鉄分」「ヘム鉄が約30倍」といった数字を掲げるページに出会うことがあります。こうした数字とどう付き合うべきか、はっきりさせておきます。
結論としては、出典が示されていない倍率は、記事に書くべき数字ではないというのがこのブログの方針です。理由は単純で、公的な成分表にチレの鉄含有量が収載されていない以上、「肝臓の何倍」を計算するための分母も分子も公表されていないからです。独自に分析した検査結果があるのなら、その測定条件と数値が示されるはず。示されないまま倍率だけが一人歩きしている状態は、確認のしようがありません。
見分け方はシンプルです。栄養に関する数字を見たら、まず「100gあたり何mg」という絶対値が書かれているかを確認してください。絶対値と出典があれば検証できます。倍率だけ、しかも出典なしなら、参考程度にとどめるのが安全です。これは牛のホルモンに限らず、健康情報全般に使える判断基準になります。
ただし、脾臓が血液に関わる臓器であること自体は解剖学的な事実です。血液を多く含む部位が鉄を含むこと自体は不自然ではありません。問題は「どれだけ」の部分が測られていないこと。この記事では「鉄が期待できる可能性はあるが、数値は公表されていない」という線でとどめておきます。
数値がないから信頼できない、わけではない
ここまで読んで「データのない部位は避けたほうがいいのか」と感じた人もいるかもしれません。実はそうとも言い切れません。
成分表への収載は、その食品の安全性や品質を保証するものではないからです。収載されるかどうかは、国民の食生活における摂取頻度や、分析用の検体を安定的に確保できるかといった実務的な条件で決まります。日本食品標準成分表に載っていない食材は他にもたくさんあり、それらが軒並み危険というわけではありません。
実際、チレと同じく成分表に数値がない内臓系ホルモンには、リードボー(胸腺)やスイゾウ(膵臓)があります。リードボーはフランス料理で高級食材として扱われる部位です。数値の有無と食材としての評価は、別の軸で動いています。
安全性を判断する軸は、栄養データではなく衛生管理と加熱です。信頼できる流通経路で仕入れられ、適切な温度管理のもとで扱われ、中心部までしっかり加熱されているか。この3点が満たされていれば、成分表に数値がないことは食べるかどうかの判断材料になりません。次の章では、そのうち法律と加熱の話を詰めていきます。
成分表に数値がないホルモンつながりで、胸腺と膵臓の話も読んでおくとチレの立ち位置が立体的に見えてきます。

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生で食べていいの?法律と加熱の線引きを整理する
牛レバーの生食禁止は2012年7月。対象は肝臓だけ
チレの生食を考えるうえで出発点になるのが、牛レバーの規制です。ここを正確に理解しておくと、チレの扱いも見通しが立ちます。
厚生労働省は、平成24年(2012年)7月から食品衛生法に基づき、牛のレバー(肝臓)を生食用として販売・提供することを禁止しました。理由は、実態調査で牛の肝臓内部から腸管出血性大腸菌などが検出され、加熱以外に内部の菌を有効に取り除く方法がないことが確認されたためです。表面を洗っても内部の菌は落ちない、という点が決め手になりました。
ここで重要なのは、この禁止の対象が「牛のレバー(肝臓)」に限定されているという点です。厚生労働省の案内でも、他の内臓を名指しで禁止する記載はありません。脾臓であるチレは、この規制の直接の対象ではないということになります。
加熱の基準も明示されています。同省は、レバーの中心部の温度が63℃で30分間以上、もしくは75℃で1分間以上となるよう加熱するよう求めています。この数字は牛レバーについての基準ですが、内臓を加熱するときの実務的な目安として広く参照されています。詳細は厚生労働省「牛レバーを生食するのは、やめましょう」で確認できます。
豚のチレは2015年から生食用の提供が禁止されている
牛と豚では、法律上の扱いがはっきり分かれます。豚のチレは、生食用としての販売・提供が明確に禁止されています。
平成27年(2015年)6月12日から、食品衛生法の規格基準改正により、豚の食肉を生食用として販売・提供することが禁止されました。そしてこの「食肉」には内臓が含まれます。豚の脾臓は内臓ですから、豚チレの生食提供は禁止対象ということになります。
理由も明示されています。豚肉・豚の内臓はE型肝炎ウイルスや食中毒菌、寄生虫による汚染の可能性があり、内部まで十分に加熱しなければ食中毒を防げないためです。同時に加熱の基準も定められ、豚の食肉(内臓を含む)を使って調理する場合は、中心部を63℃で30分間以上加熱するか、これと同等以上の方法で加熱殺菌することが求められています。この点は東京都保健医療局の解説資料にも整理されています。
やきとんの店で豚のチレを食べる場合、串焼きとして提供されているものは加熱調理済みです。一方、もし「豚のチレ刺し」と書かれたメニューを見かけたら、それは規制に反している可能性があります。判断に迷ったら、生食で出されるものは牛か豚かを確認するのが確実です。
牛のチレには、そもそも生食用の規格基準が存在しない
では牛のチレはどうか。ここが少し込み入っているので、順を追って整理します。
平成23年(2011年)10月1日から、生食用食肉の規格基準が施行されました。ユッケや牛刺し、牛タタキなどを対象に、腸内細菌科菌群が陰性でなければならないといった要件を定めたものです。ところがこの規格基準の対象範囲は「牛の食肉(内臓を除く)」と限定されています。東京都保健医療局の「生食用食肉・牛肝臓の規格基準」にも、この対象範囲が示されています。
つまり牛のチレは、レバーのように名指しで禁止されているわけではないけれど、生食用として満たすべき基準そのものが定められていないという状態にあります。「安全と認められた」のではなく、「制度の枠の外にある」というのが正確な理解です。ネット上で見かける「チレは生食できる希少部位」という表現は、この違いを飛ばしてしまっています。
この記事としての立場を明確にしておきます。牛のチレについて、生食が安全であるとも危険であるとも断定できる公的な資料は確認できませんでした。一方で、厚生労働省が牛レバーの規制根拠として挙げた「内臓の内部に食中毒菌が存在しうる」「加熱以外に内部の菌を取り除く方法がない」という指摘は、脾臓にも当てはまらないとは言い切れません。したがって家庭で扱う場合は、中心部まで加熱して食べることをおすすめします。
・豚のチレ(内臓)は、2015年6月12日から生食用の販売・提供が禁止されています(食品衛生法の規格基準)
・牛のレバー(肝臓)は2012年7月から生食用の販売・提供が禁止されています
・生食用食肉の規格基準は「牛の食肉(内臓を除く)」が対象で、牛の内臓は含まれません
・加熱の目安は、中心部の温度が63℃で30分間以上、または75℃で1分間以上
・子ども、高齢者、妊娠中の方、免疫機能が低下している方は、食肉の生食・加熱不十分な状態での喫食を避けてください
家庭で焼くときに守りたい加熱の考え方
家庭の焼肉でチレを扱うなら、温度計を用意するのが現実的ではない以上、見た目で判断できる基準に置き換える必要があります。
目安になるのは、断面の色と肉汁です。中心まで火が通ったチレは、断面の赤紫色が抜けて茶褐色〜灰褐色に変わります。押したときに透明な汁ではなく、色のない汁がにじむか、ほとんど出ない状態が目標です。逆に、切ったときに赤い汁が出る、断面の中心だけ生々しい赤紫が残っている場合は加熱不足と判断してください。
厚みのコントロールも大事です。中心部が75℃に達するまでの時間は厚みで決まるので、1cm以下に切るだけで加熱時間はぐっと短くなります。厚切りのまま表面だけ焼き色をつけると、中心が生のまま食卓に上がるリスクがあります。ホルモンは薄めに、が家庭では鉄則です。
もうひとつ、家庭の焼肉で起きがちなのが器具の使い回しです。生のホルモンをつかんだトングで焼き上がりを取ると、加熱した意味が薄れます。生肉用と取り分け用でトングや箸を分けるだけで、この経路は断てます。手間としては小さいのに、効果は大きい対策です。
網脂と一緒に焼くと変わる|下処理と焼き方の実践
網脂は「大網」。チレにくっついている脂の膜
チレを語るとき、セットで登場するのが網脂(あみあぶら)です。これを知っているかどうかで、チレの味の印象が変わります。
網脂は「大網(たいもう)」とも呼ばれ、内臓のまわりを覆っている網目模様の脂の膜です。ホルモンに詳しいnote記事「ホルモン★もいしょう」は、これを「風呂敷のような大きな網状の脂」と表現し、網脂は脾臓(チレ)についている器官だと説明しています。つまりチレと網脂は、もともと隣り合っていたパーツというわけです。
この網脂が、チレの弱点を補います。チレは脂がほとんどない部位なので、そのまま焼くと水分が抜けて味気なくなりがちです。ホルモンしま田は「網脂を少し付けてあげると焼いたときにジューシーで旨味が増します」と書いています。焼くと網脂が溶けてチレの表面を覆い、乾燥を防ぎながらコクを足してくれる、という仕組みです。
豆知識として、網脂はフランス料理でもクレピネットの名で使われる素材です。ハンバーグやヒレ肉に巻いて焼けば型崩れを防ぎ、旨味を閉じ込める役割を果たします。専門的なホルモン店では「チレ脂」といった名前で、チレと網脂をセットにしたメニューを出すこともあります。もし品書きにあれば、チレ単体より完成度の高い状態で味わえます。
下処理は血抜きと水分の拭き取りで9割決まる
チレの下処理は複雑ではありません。ポイントは血を抜くことと、水気を残さないことの2つに集約されます。
血抜きが必要な理由は、これまで見てきたとおりチレが血液を溜める臓器だからです。血が残ったまま焼くと、加熱によって血の匂いが立ちます。流水にさらすか、氷水に浸して数回水を替えると、水の濁りが徐々に薄くなります。濁りが取れてきたら十分です。
そして仕上げの水分拭き取り。ここを省くと、焼いたときに水蒸気が出て表面が焼けず、蒸し焼き状態になります。キッチンペーパーで表面と断面をしっかり押さえてください。この工程を飛ばすと、せっかくの網脂を添えても香ばしさが出ません。
薄皮については、無理に剥がそうとしないのが正解です。安堂畜産も、脾臓の薄皮を剥ごうとしたが難しく「そのまま調理することにしました」と記しています。レバーのように簡単に剥がせる膜ではないため、時間をかけるだけ鮮度が落ちます。皮ごと切って調理して問題ありません。なお煮込みに使う場合だけは、下茹でを別に行い、そのお湯は捨ててから本調理に入ってください。
焼くときの火加減は「中火・薄め・短時間」
チレの焼き方で狙うべきは、中心まで火を通しつつ、締めすぎないという一点です。この両立の鍵が火加減と厚みにあります。
強火で一気に焼くと、表面が先に焦げて中心が生のまま残ります。逆に弱火でじっくり焼くと、水分が抜けて弾力が失われます。中火で、厚み1cm以下に切ったものを片面ずつ。表面に焼き色がつき、縁が少し反り返ってきたら裏返すタイミングです。
判断の基準は時間ではなく断面の色に置いてください。厚みも火力も家庭ごとに違うため、「何秒」という数字は当てになりません。1切れを箸で割ってみて、中心の赤紫色が完全に抜けているかを確認する。この一手間が確実です。慣れてくれば、表面の焼き色と縁の反り具合で判断できるようになります。
ありがちな失敗が、網脂を大量にのせてしまうことです。網脂は溶けると相当な量の脂が出るため、多すぎると炭火に落ちて炎が上がったり、フライパンで揚げ焼き状態になったりします。チレ1切れに対して、親指の先ほどの小片を添える程度で十分。網脂は「まとわせる」もので、「一緒に食べる」ものではないと考えると量を間違えません。
【失敗パターン②】買った翌々日に焼いて血の匂いに悩まされる
チレは劣化が早い部位で、冷蔵庫に入れておけば数日もつ、という感覚は通用しません。原因は、血液を多く含む組織が酸化と菌の増殖を受けやすいこと。対策は、購入したその日に下処理まで済ませ、当日か翌日には食べきること。すぐに食べきれない量を買ってしまった場合は、下処理後に一口大に切ってから冷凍し、加熱調理向けに回すのが現実的です。
誰が買うと満足しやすい?タイプ別のチレの楽しみ方
ホルモンを一通り食べた人:串焼きで食感の違いを味わう
ミノ・ハツ・シマチョウ・センマイあたりを制覇した人にとって、チレは「まだ知らない食感」に出会える部位です。
理由は組織構造にあります。ホルモンの多くは胃や腸といった消化管、つまり筒状の器官です。ミノの分厚い弾力、センマイのシャクシャク、シマチョウの脂とゼラチン質。どれも筒の壁を食べる食感です。ところがチレは実質臓器で、血液を蓄えるスポンジ状の組織。この「ぐにゅっ、もちっ」は、消化管系のホルモンでは再現できません。
おすすめの食べ方は、もつ焼き店の串です。串焼きは厚みを残して焼くため、チレの弾力が最大限に出ます。塩で頼んで、まず素材の味を確かめてみてください。品書きに「チレ脂」があれば、網脂とのセットで味の完成形が体験できます。
注意点は、注文のタイミングです。チレは入荷した日しか出ないことが多いので、席についてすぐ聞くのが確実。人気店では早い時間に売り切れます。「今日チレありますか」を最初の一言にする、くらいの心構えでちょうどいい部位です。
レバーが苦手な人:クセの少ない「入口」として
レバーの匂いが受け付けない人にとって、チレは再挑戦の足がかりになりえます。
すでに触れたとおり、チレはレバーに似た血の風味を持ちながら、肝臓特有のクセが控えめです。ホルモンしま田は「脂っぽさ無くさっぱりとしています」、note記事「ホルモン★もいしょう」は「クセがなくて、食べやすい」と表現しています。レバーの何が苦手かというと、多くの人は飲み込んだ後に残る独特の匂いを挙げます。チレはその残り方が軽い。
試すなら、串焼きより唐揚げや天ぷらから入るのがおすすめです。衣で包んで揚げると香ばしさが加わり、血の風味がさらに気にならなくなります。加熱してもボソボソしにくいというチレの性質が、揚げ物と好相性なのも理由のひとつ。安堂畜産も調理例として天ぷら・唐揚げを挙げています。
ただし過度な期待は禁物です。チレはあくまで血の多い臓器なので、「まったく無味無臭のホルモン」ではありません。鮮度が落ちたものに当たれば血の匂いは立ちます。初挑戦なら、回転の良いもつ焼き専門店で、その日入荷したものを頼むのが成功率を上げるコツです。
家で試したい人:入手ルートと選び方のチェックポイント
家庭でチレを焼きたい場合、スーパーの精肉コーナーで見つかることはまずありません。ホルモンを扱う精肉卸のオンラインショップや、業務用の食材店が現実的なルートになります。
探すときは検索ワードを変えるのが効きます。「チレ」で出てこなければ「タチギモ」「脾臓」で試す。呼び名が統一されていない部位なので、表記ゆれをまたいで探すことで見つかる確率が上がります。取り扱いのある業者は、ブロックや冷凍パックの形で販売していることが多い部位です。
選ぶときのチェックポイントは3つ。第一に、鮮度に関する表示があるか(加工日・消費期限・冷凍か冷蔵か)。第二に、牛か豚かの明記。第三に、加熱用と表示されているか。チレは劣化が早いので、常温便で届くようなものは避けてください。冷凍で届く商品は、解凍後すぐに調理する前提で計画を立てます。
知っておくと安心なのは、冷凍だから味が落ちるとは限らないということです。むしろ、鮮度のピークで急速冷凍されたものは、店頭で日を跨いだ冷蔵品より状態が良いこともあります。家庭で扱うなら、届いたその日に下処理して焼く、という段取りを組めるかどうかが味を左右します。
まとめ|チレ部位は「数値のない希少ホルモン」だった
チレは、名前を知らなければ一生出会わないまま終わってもおかしくない部位です。ですが正体が脾臓だとわかり、タチギモやチギモという別名を知り、網脂と一緒に焼くという食べ方を押さえておけば、もつ焼き店の黒板メニューが急に読めるようになります。最初の一歩は、次にもつ焼きの店に入ったとき「今日チレ入ってますか」と聞いてみることです。入荷していれば串1本から試せますし、なければ店の人からタチギモの話が聞けるかもしれません。ホルモンは、名前を1つ覚えるたびに選択肢が増えていく食べものです。
※本記事の栄養成分値は文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年」に基づきます。食品衛生に関する制度の内容は変更される場合があるため、最新情報は厚生労働省・お住まいの自治体の公式サイトでご確認ください。

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